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2006年8月28日 (月)

生まれました

さて今回は「自閉症」とはどんなものか・・・と行こうかと思いましたが、本日急遽第二子が誕生(男)したので勝手にご報告申し上げます。

2週間ほど前に嫁さんが「今日明日に生まれるかも・・・」といっておきながらとんとご無沙汰だったのでまだ先かなぁ、と思っていたのですが。

【4:00 AM】

嫁さんが「今度はほんとに来た。破水した」といってワタクシを起こし、急いで入院の支度(とはいえ持っていく荷物等は準備していたので外出の準備)を始める。ワタクシは自分の着替えを終え、長男ピョン吉(自閉症児)をたたき起こして一家総出で病院に出発(後日書くことになりますが、自閉症児には一人でお留守番という高等な芸当は無理なため一緒に連れて行かざるを得ませんでした)

【5:00 AM】

病院着。嫁さんは車中でも痛がっていたが、まだ先だろうと高をくくる。早速嫁さんは入院。ピョン吉は一瞬待合でおとなしく座っていたが、すぐに分娩室などのある「クリーンルーム」へ突進しようとしたため、本気で怒鳴る。朝の5時の産院・・・

【6:00 AM】

ピョン吉の世話を頼むため嫁さんの実家へ。しかし「まだ先になるだろう」と思っていたため予め連れて行く話をお義母さんにはしておらず、しかも嫁実家には呼出鈴がなく、かつ電話をしてもまだ寝ているのか出てくれない・・・玄関から「おはようございます」と声をかけるも反応なし。途方に呉れて一旦自宅に帰る。

【7:00 AM】

8回くらい電話をするも留守電。もう起きているだろうと業を煮やして嫁実家に。幸い起きてくれていたので事態を説明し、ピョン吉を預ける。昼から休みを取るので午後から合流する旨お義母さんにつたえると、半分いやいやながら(これも無理なからぬことなのです・・・)も引き受けてくれた。

【7:45】

通勤途中の地下鉄の中で嫁から携帯にTel。「生まれた」・・・???もう?早すぎんか???まあ、安産だったのでなにより。夕方くらいになるかな、と思っていたので肩透かしを食らった気分。

【8:30】

とはいえ想定したよりも早く入院→出産となったためピョン吉の世話の手配が今日に関しては出来ていなかったため昼以降面倒を見るためにも休みをもらう。副支社長からは「今から言って付き添ってあげてもいいんだよ」と優しい言葉をいただくも、(すでに生まれちゃったのよねぇ~)なので昼の予定をこなしてから休みをとることに。

【14:00】

昼の予定を終え、帰宅。クールでないビズのジャケット・ネクタイ姿のため汗みどろ。シャワーを浴び看護師さんへの差し入れを購入し、嫁実家にお義母さんとピョン吉を迎えに車を走らせる。二人を拾って病院へ。

【15:00】

病院着。もっと疲れているかと思ったが分娩台Ⅱ上がって2時間で生まれたため体力の消耗度は差ほどではなさそう。新生児室にわが子を見に行く。やはり生まれたての子供はラットの赤ちゃんとよく似ている。ピョン吉は自分が兄になったことなどどこ吹く風とばかりにソファーを跳ねている。少しは状況を理解せーよ。

【15:30】

個室に帰って明日のピョン吉の世話をどうするかをワタクシ・嫁・お義母さんで検討。とりあえず朝はワタクシがお義母さんを車でワタクシ宅に迎え、9時の通園施設のバスに放り込むことに決定。帰りは嫁の姉さんが横浜から来てくれる予定なのでお迎えをお願いすることに。その間もピョン吉は相変わらずやりたい放題でトイレの水を流したりナースコールを2回押したり・・・嫁もいつもどおりカリカリしてしまっている。

【17:00】

お儀母さんとピョン吉とで夕食に。餃子の王将はさすがに平日だけあってすいていた。すいていないとピョン吉がウロウロして周りに迷惑をかけるため、外食時には非常に気を使う。今日は比較的おとなしくラーメンを食べてくれた。

【19:00】

役所に出生届を出そうとしたが、医者の出生証明が必要との事なのでその場で記入して届出、と言うわけには行かず、とりあえず用紙を貰って帰る。ピョン吉はエレベーターに乗ると相変わらず全ての階のボタンを押しやがる。

【20:30】

さすがに5時おきだったのが効いたようで、ピョン吉はとっとと寝てくれた。嫁が入院前に洗濯した洗濯物を取り込み、畳む。

ってな感じで長ーーーい一日でした。もう寝ます。。。

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2006年8月27日 (日)

「自閉症」って呼称、なんとかなりませんかね?

やばいです。またぞろ欝の状態に入りつつあるようです。

ただ、今回は「これが欝状態だ」という経験に基づく認識があり、かつ地道に行ってきた自信付けトレーニングにより「よし、欝に勝ってやるぞ」という気力があるのでさほど心配はしていません。でもだめだったらクリニックに通います・・・

で、今回のお題は「自閉症」についてなのですが、唐突ですが我が長男は自閉症児でございます。(次男は今週中くらいに生まれる予定です)

このごろは発達障害と言う言葉の広がりやドラマ「光とともに~自閉症児を抱えて」により大分耳にするようになってきたと思いますが、どんな「症状」が、ご存知ですか?

ワタクシも2年前に診断が下されるまではトント知りませんでしたので、身近に自閉症の人がいる人意外は全くといっていいほど知らないと思います。

その知らない状態で「自閉症」と言う言葉を目にすると、ほとんどの方が「自ら閉じこもったのだから、引きこもりの延長、もしくは性格の問題」と思ってしまうのではないでしょうか。

数年前のワタクシもそうでした。

しかし、実態は・・・れっきとした脳機能障害でございます。つまり、乙武君などと同じく「障害者」でございます。(脳のコミュニケーションや認識をつかさどる部分の障害と考えられていますが原因・詳細は不明)

ので、発達障害者に与えられる「療育手帳」(身体・精神障害者に発行される「障害者手帳」のようなもの)というものが発行され、JRや飛行機・高速道路が半額になるなどの便宜が与えられたりしています(感謝)

機能障害を「性格」や「症状」(=一時的な状態・治ることが前提)と誤解させてしまう「自閉症」という呼称は、ワタクシどうかなぁ、と思うのです。

かといって、ボケが「認知症」に、精神分裂病が「統合失調症」に改名されたように、うまいこと「改名」できるかなぁ、とワタクシなりに考えたのですが・・・いい案が浮かびません。せいぜい「コミュニケーション障害」くらいですか。(とはいえ、これのほうが「自閉症」よりははるかに「状態」を正確に表している自信はあります)

何かいい呼称、ないでしょうか皆さん!!と呼びかけて締めようと思ったのですが、そもそも「自閉症」とはなんぞや?と言う知識のない方にそれはないだろうと思いますので、次回には「自閉症とは?自閉症児との暮らしとは??」をお送りしようと思います。

欝にやられていなければ、ですが・・・

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2006年8月16日 (水)

スサノヲはバイキンマンだった?

このところ時節柄頭に血が上る系(?)のお話をしてしまいました。

せっかく嫁さんが臨月を向かえ「明日あたり入院ってことになるかも?」とのたまっているので、(??)久しぶりにヤワラカイ話題をば。

学生時代からの友人であるT2君からのススメで「日本神話とアンパンマン」(山田 永著 集英社新書)と言う本を読みました。

なるほど、こういう読み方があるか!と感心してしまいましたよ、ワタクシ。

申し遅れましたが、ワタクシ昔から日本神話のファンキーさ、いい意味で「ハジケて」いるところが大好きです。のっけから「突き出ているところをへこんでいるところに挿し塞いで」カミやクニを産むなんて「まんま」ですし、火の神を産んだときに負った火傷が原因で妻を亡くした夫が怒りの余り火の神(わが子!!)の首を刎ねたり、って児童虐待もいいところな表記が平然となされているところとかがワタクシのハートをつかんでしまいました。

その中でも一番のファンなのがなんと言ってもスサノヲです。高天ヶ原で無邪気に暴れまわってねーちゃんを激怒させたり、地上界ではヤマタノオロチを退治したり、根の堅洲の国(死後の世界)ではオオナムジをいじめまっくって娘の婿にふさわしいか試したり・・・と善悪の範疇をはるかに超えた行動にワクワクしたものです。

この「日本神話とアンパンマン」では、日本神話の世界観とアンパンマンワールドの類似性を指摘しています。本書によると、高天ヶ原はアンパンマンの世界での「パン工場」にあたり、ここに暮らすアマテラスがアンパンマン(世界の中心)、その世界の中心に異界からちょっかいをかけに来て引っ掻き回す役どころとしてスサノヲがおり、ちょうどアンパンマンの世界では「バイキンマン」の役どころである、そうです。

そういえば生きた馬の生皮をはがして機織をしている女工さんに投げ込むというバイオレント(その結果女工さんはショック死してしまいますし)ながらどこかマヌケな所業は、「ハーヒフーヘホーン」といいながらロボットで町を荒らして回るバイキンマンの行動と重なります。最終的にアンパンチを食らって「バイバイキーン」と言い残して吹っ飛ばされるところも天岩戸のあと髭や爪を拭きぬかれて高天ヶ原を追放されるスサノヲの姿に重ねることが出来ます。

やることは無茶苦茶、だけど何処か憎めない。メインキャラには常に負けるがそれを苦にするでもコンプレックスに感じるところもない。そんな「ムチャするアホ」と言う点ではスサノヲはまさにバイキンマンと言えましょう。

これ以外にもバイキンマンとドキンちゃんとの関係・ホラーマンの役どころ・アンパンマンワールドの日本神話的解釈など、日本神話ファン・アンパンマンファンともに楽しめる一冊となっております。ので、是非是非。

今なら(8月16日23時50分時点)定価714円のところ600円で買えるそうですよ!

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2006年8月14日 (月)

日本人が「自虐的」になるのは必然!なんだけど・・・

いやあ、この時期になると戦争について、近年は「戦争責任」「合祀の是非」といったこともTVの話題に上ることが多いですね。

この間爆笑問題の太田光がとあるTVで言っていたことですが、私もハタとひざを打ちました。

「日本人が自虐的になるのは仕方がない。だっていままで正しいと思っていたことが間違いだった、ってなったんだから」

自虐とは自己否定です。「俺は間違っている」と言う考えがそのベースになっています。そりゃそうです。自分は正しい、と思っている人は自虐的にはなりません。少なくとも「自分は間違いだ」というパーセントの多い人が自虐的になります。

ということを鑑みると、1945年8月15日以降今まで抱いてきた信念を「間違い」と思わざるを得なかった日本人は総じて自虐的にならざるを得なかった、といえましょう。

だから「自虐史観」がどうのこうのといって「自虐的」な歴史観を持つ人を非難する気に離れません。まだ60年前に受けた心の傷から立ち直れていない人なのですから。

でも、もうそろそろ立ち直ってもいいんじゃないかなぁ、とも思うんです、ワタクシ。

冷静な目で眺めてみると、この世はまだまだ道理が通らず、力が全てのパワーポリティクスが支配しているんだなぁ、と言うことが分かってしまうのですが・・・

まあ、これもやむなし、と思います。我々は聖人君子の集まりではないのですから!

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2006年8月10日 (木)

原爆は自然災害じゃない!

どうも、久しぶりの更新になりました。

なんだか精神的に疲れていまして・・・ということろで(どういうところで?)今回は硬い話題をば。

昨日は長崎の原爆忌、その3日前は広島の原爆忌でしたね。

このごろになってやっと自覚できてきたのですが、この原爆とか戦争中の各都市の爆撃って自然災害じゃなかったのですね。

「ん~なこたぁあたりまえだろ。なに寝ぼけたこと言ってんだ!」とお怒りの貴兄もいらっしゃることでしょうが、ワタクシの実感としては今まで受けてきた教育や世論的なことからみると、どうも我々は原爆や都市への無差別爆撃をあたかも自然災害のように捉えていたのではないでしょうか。

それが証拠に、人為的に起こされた爆撃の主犯である米軍・米国を責めたり、その責任を追及したりといったことは一切なされてこなかったし、今もってされてないですよね。

もし貴方の家族が残酷な手段で隣のオッサンに殺されたら・・・確実にそのオッサンを憎みますし責めますよね?

まかり間違っても「狂犬に咬まれたようなものだから」とあきらめたり、「自分にも悪いところがあったのでは?」と反省したりはしませんよね?

広島の平和公園にある「安らかにお眠りください 過ちは二度と犯しませんから」という碑文のおかしさに気付いたもの、上記の文脈においてです。国際法上戦闘行為は非武装民に大してはそもそも認められていませんし、仮に戦闘員相手であったとしても「不必要な苦痛を与える兵器の使用」はハーグ陸戦条約(1907年締結)によって禁止されています。「過ち」を犯したのは・・・間違いなく米軍でありアメリカでしょう?

戦争の悲惨さ・おろかさを後世に伝えるのも大切でしょう。しかし、その前に明らかな国際法違反である「無差別爆撃」と「原爆の使用」に対してアメリカに謝罪させることでケリを付けるということも大事なのではないでしょうか。

ここをあいまいにするといつまでたっても「属国」のままですよ。

不思議なことに「自虐史観がドータラ」と言う人でもここに触れる人っていないんじゃないですか?

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2006年8月 1日 (火)

「飢え殺し」の覚悟はあるか?経済制裁

おはようございます。(今日の起床時間=5:15)

またぞろ「北」をめぐる情勢がきな臭くなってきましたね。金もないのに一発ン億円のミサイルを何発も打ち込むなんて、よほどのリターンが見込めるか何も考えていないかのどちらかでしょう。

北の「花火」を受けて近頃経済制裁を!という意見が強くなっています。官房長官も制裁について言及しているようですし、かなり実現の可能性は高まっている模様です。

ワタクシ的には基本的に制裁には賛成ですが、制裁には「覚悟」が必要だと考えております。

太閤秀吉は自分の将兵を損することを避けるため、戦においてしばしば兵糧攻めと言う戦法を選択しました。特に播磨・三木城や因幡・鳥取城を攻略した際の兵糧攻めは「三木の干殺し・鳥取の飢え殺し」と称されております。兵糧攻めは一見「血を見ることを避ける」穏やかな(?)戦法のように思われますが、その実態は包囲した相手方将兵にすさまじい飢餓地獄を味合わせるエゲツナイ戦法です。鳥取の「飢え殺し」の際には味方の守備兵が怪我をすると飢えた同僚がよってきてまだ息のあるけが人をばらばらにして食ってしまったという記録もあるくらいです。

で、話を現在にもどしますと、昨今かまびすしくなっている北への経済制裁はまさに「飢え殺し」です。何千何万の飢え死にを発生させるかもしれない「戦闘行為」に当たると考えています。戦闘行為なので当然相手方の「反撃」も予想されます。それだけの覚悟があるか?と問えば・・・どうなんでしょう?

彼らの行いは「戦争」レベルに行ってしまっています。もはや「力」でしか話す言葉は残っていません。日本は憲法によって軍事力という「力」を使うことが出来ませんのでお金の力を使って「戦闘」するしかないと思いますが・・・

いずれにせよ、「覚悟」を決める必要はあると思います。しんどいですが。

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