【第1回 ブラック・キャデラック】
とんびがくるりと空に輪を描く、うららかな午後であった。
ここ幕藩商工会議所下田支部では組合支部の月例会が開かれていた。月例会といってもたいした議題も無く、まあ地元の社長の寄り合いみたいなものであり緊張感というものが皆無であった。
いまなら白昼堂々とプラスチック爆弾を置いていったとしても誰も気にも留めなかったに違いない。そう思わせるほどの弛緩ぶりであった。
よく言えば、平和。悪く言うと、平和ボケ。インリン・オブ・ジョイトイの世界であった。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」~何事も永遠に続きはしない。変化は突然訪れる。
商店街にまるで不似合いな4台の黒塗りのキャデラック。狭苦しい商店通りを抜け、幕藩商工会議所下田支部の前に着けた。
まず車から降りたのは「メン・イン・ブラック」な屈強なボディーガード達。全員サングラス。必要以上に膨らんだ内ポケット。どう見てもその筋の方々にしか見えない。周りを不必要なほど警戒した視線をめぐらしながら、2台目のキャデラックの後部ドアを恭しく開けた。
のそっ。その男もレイバンのサングラスをかけていた。雲を突く、といったら大げさになるが、そう思わせるほどの巨漢であった。
巨漢はメンインブラックを引きつれ、まっすぐ受付へ向かう。
受付係も、周りの事務員も余りに見慣れない風体の男たちに凝固してしまっている。「蛇に睨まれた蛙」の状態とはこのことか。
「マシュー・ペルリ言イマス。」巨漢に似つかわしい大声で名詞を差し出す。
“USオイル株式会社 東洋太平洋地区統括責任者 マシュー・ペルリ ”
「ま、摩周様でいらっしゃいま・・・」
「ココデ商売スル、商工会議所ニ入ル必要ト聞イタ。私タチ会議所入リタイ。会長ニ会ワセテイタダケルカ?」
「しょ、少々お待ちくださいぃ・・・」半泣きになりかがら受付係は月例会場に向かった。
月例会場。
「しかしあれですな。このごろ巨人はいけませんなぁ。」
「ところで最近痛風の方はいかがです?」
無邪気なおっさん会話の中に、半泣き受付係が駆け込んだ
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「ま、ま、摩周という人がお見えなのですが・・・」
受付係のただならぬ様子に何かを感じ取ったのか、ちょっぴり緊張が走る。
「たちの悪い売り込みか?ワシが相手してやろう」
月例会参加者最高齢の支部長が立ち上がった。
「あ、皆さんはこのまま続けてください。すぐに戻りますから。」
「アナタガ会長カ?私マシュー・ペルリ言イマス。」
レイバン、巨漢、シェイクハンド。のっけからペースを持っていかれた。
「いや、私はただの支部長で・・・」もう語尾はほとんど聞き取れない。
「私タチ幕藩商工会議所入リタイ。是非入ラセテ欲シイナリ!」
「い、いや、だから私は会長で無いのでなんともかんとも・・・」
「ナニ、アナタ会長違ウ?デハ会長ハドコニイル??」
「会長は東京ですが、第一うちは新規会員の入会は受け付けていない・・・」
「理不尽ナリ!!」
巨漢が巨声を発すると、支部長以下周りの皆がひっくり返った。巨声の直撃を受けた支部長は今にも失禁しそうな勢いだ。
「今ノゴ時勢、自由ニ商売デキナイナンテコトガ許サレテ良イノカ!イヤ、良クナイ!!」
「でで、でも入会を許すなんて事、私の一存ではどうにも・・・」
「会長ニ報告シロ。協議シテオケ。結果ヲ又聞ニクル!」
そう言い残すと、巨漢はメンインブラックを引きつれ、黒塗りのキャデラックに戻った。バム、バムとドアを閉め、4台のキャデラックが再び狭い商店会を抜け、去っていく。
その姿を、幕藩商工会議所下田支部の会員(=企業の社長)、事務員、受付係、商店街の人々全てが、呆然と見送った。
「あんなのと付き合うの?いやだよ、私ゃ」 (続く)
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